まず主にじゅうたんの素材や織の部分、そして現存する資料から発展の系譜をたどってゆく。
じゅうたんの地域ごとに異なる様々な名称、及び、生活の中で使われるじゅうたんの中でも得意な位置に存在する礼拝用じゅうたんを取り上げる。
イスラム教の礼拝用モスクの中には聖地メッカの方向に壁龕が設けられているのだが、それを図案化し、じゅうたんの文様としたものが「ミヒラーブ文」である。礼拝用じゅうたんにはこの文様が織り込まれている場合が多く、また生活用のじゅうたんにもこの文様は使用される。羊毛、絹、綿の3つのじゅうたんの素材においても違いがある。織の技法では素材と織組織に用いられる各部位の糸、経糸、緯糸、パイルと様々な技法がある。
現存する最古のじゅうたんと言われる「パジリクじゅうたん」から中世へ、ハンス・ホルバインやカルロ・クリヴェッリなどの絵画に登場するじゅうたんに触れつつ16世紀の「アルダビールじゅうたん」が制作された年代まで時代順に資料を辿った。

「アルダビールじゅうたん」を深く掘り下げて考察すると、その中で文様についても触れているが、唐草文様についてまとめて取り上げることにした。
作品が作られた背景として16世紀のサファヴィー朝における写本芸術を取り上げる。「アルダビールじゅうたん」が制作された16世紀中頃は写本芸術の最盛期であり、当時は写本表紙の意匠作家が各方面で重用され、じゅうたんの意匠を手がけることも珍しくなかった。同作品に縫い込まれた「カシャーンのマクスード」の名は、おそらく当時活躍していた意匠作家の名前であり、このじゅうたんの意匠を考えた人物と思われる。現在収蔵されているヴィクトリア&アルバート美術館に同作品が来たのは1893年で、2つの対の作品であったこのじゅうたんは、一方を犠牲にしてもう一方を修理することで現在の完全な姿ができあがった。そこには莫大な購入費と、市民からの寄付があったという。
じゅうたんの全体の文様、特にメダリオンについて考察する。ここではメダリオン内部に使われた黄色と、その上下に配されたモスク・ランプ、そしてイスラム建築と光の関係について、繋がる部分があるのでかないかと考えを巡らせてみた。

唐草文様について触れる。ここでは「アルダビールじゅうたん」に至るまでの唐草文様の流れを古典古代からさかのぼって考察を行った。同作品のフィールド内部で旋転する渦文に着目し、立田洋司氏の著書『唐草文様』内の記述を参考にしながら、「単一渦文」とパルメットの関係、そしてスプリット・パルメットへと繋がる流れを探ってみた。
古代イランにおける唐草文様の流れを追うべく、アルサケス朝及びササン朝における様々な美術品に施された葡萄唐草、花唐草を時代ごとに見ていった。そこには規則的な波線の動きが見られ、またササン朝の連珠文にはある対象を文様化へと導くヒントが見られた。イスラム世界の初期から16世紀に至るまでの作品を見ながら織り交ぜてゆき、「アルダビールじゅうたん」で展開する葉の抽象文様やスプリット・パルメットとの関係性を論じた。

自分なりに唐草文様の流れを辿ったことは、文様を理解する上で重要な行為であった。しかし振り返ると要所要所でかなり粗い部分が多く、もっと緻密に、確固たる論理立てを行いながら考察を進めるべきであったと反省している。見る人が見ればこの文は初学者のデッサンのように粗く、未熟さを露呈したものに写るだろう。しかし、「アルダビールじゅうたん」を中心に置きながら文様の姿を追ってゆく行為は私にとって非常に楽しく、また知的興奮を誘うものであった。今後はさらに不足した部分を補い、研究を進めたいと思う。